オンライン→オフライン→オンライン。これが、現代の「コンテンツ視聴」のスタイルだ。たとえば、あるテレビ番組を見ようとするとき、オンエア日時を電子番組表でチェックし、インターネットでその番組の評判をチェックする。そして視聴後に、友達にメールしたり、ネットに書き込んだりする。本しかり、映画しかり。つまり、そのコンテンツの人気や売れ行きは、“AISAS”(GプレスVol.48「Gワード」参照) の“AI”よりも“SAS”の方に左右される。こうした変化によって、宣伝の考え方が大きく変わりつつある映画業界。映画の見られ方がどう変わったのか。それにつれて宣伝の考え方、やり方はどう変わっていくのか。ギャガ・コミュニケーションズ代表取締役社長、星野有香さんにお話をうかがってみました。
-映画の見られ方が大きく変わったとおっしゃっていますが、具体的にどう変わったのでしょうか。
つい4~5年前までは、上映30分前に映画館に行き、そこでチケットを買って映画を観ていました。座席も、前売指定席は一部で、あとは定員制。ところが今は、インターネットで席を予約します。席も全席指定制。ネットで平面図を見てどの席が空いているか一目で分かりますから、それ見るだけでも「あ、この映画人気なんだな」とか「すいているということは評判良くないのかな」とか、ある程度予測できちゃったりします。
-そうなると、販促や宣伝はどう変わっていくのでしょうか。
まずいえるのは、以前に比べて、全体予測が立てにくくなったということです。以前は、極端な話、「初日」だけ見ていればよかった。初日に何人入るかで、あとは自動的に掛け算でほぼ数値は確定できました。初日の数字も、リーフレットのはけとか、問い合わせの本数とか、前売券の売れ行きとかに大方比例していましたので、封切り前には、その映画がどのくらいの数字になりそうかは大体予測できたわけです。しかし、その構造は、今や完全に崩壊したといっていいでしょう。今は、「封切後にいかに話題になるか」が勝負です。
-実際、最初は話題にならなかったのに、徐々に話題になりブレイクした作品というのもたくさん出てきているのですか。
まさに、ロングラン公開となった『スラムドッグ$ミリオネア』がそれです。“per screen”といって、1スクリーンあたり何人に見られているかという指標があるのですが、現在、最も“per screen”の高い映画ではないでしょうか。アメリカでは一時はビデオストレートになるかもしれなかった作品で、最初は限定公開だったのですが見た人の口コミが口コミを呼び、またたく間に世界中に拡がり大ヒットし、アカデミー賞受賞まで駆け上がった。まさに「封切後の話題」によってヒットした映画の典型です。こういうケースは、数年前まではレアケースでしたが、これからどんどん生まれていくでしょうね。
-つまり、「宣伝」よりも「作品のクオリティ」に売り上げを左右されるようになったということですか。
まぁそうともいえますが、古今東西を問わず、いいものはいいし、ダメなものはダメ。コンテンツの世界、そこだけは不変です。ただ一ついえるのは、「封切前の宣伝を見てすごく期待して見に行ったけれどガッカリ」といった現象が減ることは確かでしょうね。視聴者側が評判を事前にチェックできる時代ですから。一方で、『スラムドッグ$ミリオネア』のように、以前であれば埋もれて終わってしまっていたかもしれない「上質なコンテンツ」が、埋もれずにカミングアウトされる確率が上がります。そういう意味では、我々のようなコンテンツ業界にとっては、ごまかしの効かない「いい時代」になったともいえるのではないでしょうか。
-むしろ封切前にあまり煽らず、うまく「口コミ」を起こしていくような宣伝手法が問われてきますね。
そのとおりです。人間の心理として、期待と実態に<落差>が生じたときに<感激>が生まれ、その感激を誰かに言いたくて< 口コミ>が発生するわけです。「この映画は泣けます!」と大々的に宣伝されている映画を見て「泣けた」としても、それは、口コミには至りませんよね。期待と実態の<落差>をどうつくるかが、これからの映画の宣伝活動のカギだと思っています。映画に限らず、コンテンツものは、みな同じことがいえるのではないでしょうか。
-本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。