ここ10年で、広告業界は大きな過渡期を経験し、その余波は今もなお続いている。その引き金となったのが、インターネットという新しいメディアの台頭だ。それまでは、テレビ、新聞、ラジオ、雑誌という4マスメディアを中心においた広告のプランニングスキームが、この10年で劇的に変化してきている。この変化を、広告業界のリーディングカンパニー・電通の「人事」が、象徴的に示唆している。電通は、平成13年に「インタラクティブ・コミュニケーション局」なる新組織を立ち上げ、そのヘッドに、国内外の数々の賞を受賞し業界トップクリエーティブ・ディレクターである杉山恒太郎氏を配した。現在、メディア担当の執行役員を務める同氏に、「広告観」をうかがってみました。
-8年前、杉山さんが、クリエーティブ局からインタラクティブ・コミュニケーション局の局長に異動されたとき、業界ではかなり話題になりましたよね。メディアセクションのヘッドにトップクリエーターを置くという、当時にしては大胆な人事に。あの頃、杉山さんはどんなことを考えていたのでしょうか?
僕もびっくりしましたし、最初はとまどいました。「自分はここで何をやればいいのだろう」って。でも、答えはすぐに見つかりました。50年前、今の広告ビジネスの礎を創った吉田秀雄(元)社長※1について、電通の成田最高責任顧問がお書きになった文章※2を読み直すことでずいぶんとヒントをいただきました。(※2 『この人吉田秀雄』(文春文庫)のあとがきを成田豊氏が執筆)吉田社長は、当時、明日どうなるかも予測できない<テレビ>という未知のメディアを、より強くて安全なメディアに、言い換えれば、クライアントから信頼される広告メディアに放送局と力を合わせて育てたわけです。吉田社長が<テレビ>でやったことを<インターネット>でやること、それが自分のミッションなんだって思いました。そうしたら、すごく目の前が啓(ひら)けた気がしました。
※1 「電通鬼十則」の生みの親としても有名な電通第4代社長
-杉山さん自身の「広告に対する考え方」も変わりましたか?
変わりましたね。メディアについて考えるようになり、広告をより深くかつダイナミックに見られるようになりましたね。それまでの自分は15秒30秒という、広告という宇宙の中でわりと小さな箱の中で踊っていた。それはそれで素敵なことではあるけれど、広告の醍醐味、ダイナミズムってそれだけにとどまらない。かつて、吉田社長が「広告は科学と芸術の融合体である」と言ったそうですが、本当にその通りだなぁと思います。
-インターネットというメディアに携わってみて、どう感じられましたか? 広告メディアとして、既存の4マスと較べて何が違うと思われましたか?
インターネットでは、既存のマスメディアにはなかった、というより不可能だった<まったく新しいカタチの広告>がどんどん生まれていますよね。その一例が Googleだったりするわけで、それはそれですごいことだとは思います。ただ、僕はずっとテレビや新聞の広告の仕事をしてきて、その広告が大好きな人間。だから少し偏った言い方になってしまうかもしれませんが、今インターネットにおいて<広告>と一般的に呼ばれているほとんどは、僕は広告だとは呼べないと思っています。あれは、広告ではなく、<情報流通>です。<情報-infomation>を編集して価値を創造し<知識-knowledge>に変換して送り出す-それが<広告>です。広告会社の社員というのは、メディアも、マーケも、クリエーティブもみな、この<知の力>によって世の中をドキドキさせたりワクワクさせる「プロ」でなければならないと思っています。過去に誰かがやったり言ったりしたことを整理する仕事-これは、どこまでやっても<情報>レベルの仕事に過ぎず、<知>を創る仕事ではありません。
-個人的にはとても賛同します。ただ、今、クライアントの広告に対する考え方が、すごく「効率主義」「ROI※3志向」になってきていますよね。杉山さんのおっしゃる「広告=知」という考え方自体が希薄になってきているように思いますが。
広告ビジネスに限らず、いま世の中全体が、<情報-infomation>を効率よく入手し上手に整理したりすることで<知-knowledge>を得たような感覚になっている。これは、すこし危険な現象ではないでしょうか。先ほど申しましたように、<情報-infomation>をもとに新しい価値を生み出してこそ、<知-knowledge>です。そして、その<知-knowledge>の先に<英知-wisdom>というもの、平たく言えば<知恵>があるのだと思います。<情報>の整理は機械でもできますが、<知>や<英知>は人間にしか生み出せないもの。そして、人にしか生み出せないものに、人はドキドキし心を動かされるものだと思います。
-ということは、今の広告ビジネスにおける「効率主義」「ROI志向」は、やがてリバウンドがくるということでしょうか。
そう思いますね。インターネットに携わって思ったのですが、今インターネットがとれる効果指標って基本的には<reach>だけじゃないですか。でも、そのうち技術が進歩してきて、真の意味のエンゲージメント、いわゆる<琴線に触れる>ということまで計測できるようになったら、きっと証明されると思うんです。1日数億PVアクセスされるサイトに<情報>が掲載することと、広告のプロたちの<知>と<英知>が注がれた1本の優れたクリエーティブコンテンツを創ることと、どちらが広告的評価・効果が高いかって。だから、インターネットには逆にどんどん進化してほしいと思っています(笑)。
-本日は、お忙しいところありがとうございました。