さかい・おさむ
62年福岡県生まれ。メディア・ストラテジスト。フリーランスのコピーライターとして活動したのち、06年から株式会社ロボットで経営企画室長。11年からは株式会社ビデオプロモーションでコミュニケーションデザイン室長。依頼に応じて講演や執筆も行う。著書『テレビは生き残れるのか』(ディスカバー携書)
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ここ1~2年で、大きく変わったことがある。テレビ局の制作や広報の方たちがソーシャルメディアをポジティブに活用するようになった。少し前までは、テレビとソーシャルメディアの間には一線の溝が存在していた感じさえあったが、いまや、その一線はほぼなくなりつつある。およそ半世紀の間、オフラインコンテンツとして発展してきた「テレビ」と、ネット化の時代に乗り新星のごとく登場した「ソーシャルメディア」。両者は、今後どのような共栄関係を築いていけるのか。『テレビは生き残れるのか』の著者であり《ソーシャルテレビ推進会議》の主催者でもある境 治さんに話をきいてみた。 (聞き手/西田二郎 記事/横江史義)
【西田】 最近ようやく、テレビとソーシャルメディアが「仲良くなった」感じがします。ちょっと前までは「ソーシャルはテレビの敵や!」と言っていた人も、いつの間にかそんなことを言わなくなりましたし。
【境】 テレビとソーシャルメディアとは、両者とも「リアルタイムで見る楽しさ」という点で親和性が高いわけで、「倉庫」的なwebサイトとは大きく違います。だから、テレビとソーシャルが「仲良くなった」のは、必然の流れだと思います。そもそも、テレビ側の人たちの感覚としては、「webサイトとうまくやっていくのは難しそうだけれど、ソーシャルメディアとはうまく連携、融合できそうだ」という漠然とした感覚は、ソーシャルが登場してきた当初からあったと思います。昨年立ち上げた《ソーシャルテレビ推進会議》も、最初は15人くらいの小さな会だったのですが、いつのまにか百数十名に膨れ上がり、私の予想を超える規模になってしまいました。
【西田】 テレビとソーシャルメディアそれぞれに関する会議やコンソーシアムは世に中にたくさんありますが、《ソーシャルテレビ推進会議》は、両者の中間に立った会である点が特徴だと思います。この手の会は、たいてい「ソーシャルメディア論」的なものになり、ソーシャルメディアはいかに素晴らしいかといった内輪話に終始しがちです。そうなると、我々にとっては「それで、結局、自分たちは何からどう始めればいいの?」という疑問が解決されないまま終わってしまう。《ソーシャルテレビ推進会議》は、「どうすればいいのか」の具体的なアクションのヒントを我々に与えてくれるところがよいと思います。
【境】 そこは、発足当時から意識したことです。ソーシャルメディアだけを盛り上げる会ではなく、テレビも両方盛り上げるための会にしよう、と。テレビとソーシャルメディアの関係とは、先ほど西田さんもおっしゃっていましたように、テレビ側の方たちには「ソーシャルとは仲良くなれそう」という感覚はあり、でも「どう仲良くなっていいかよくわからない」のが実情でした。一方、ソーシャルメディア側の人たちは、テレビの人たちに対して敷居の高さを感じていて、どこか一線を引いてしまっている感覚があるのも確かです。ですから、双方から「一緒にやりませんか」と握手の手をさしのべないと、両者は仲良くなれません。それをやろうと思って、昨年《ソーシャルテレビ推進会議》を発足しました。
【西田】 でも、こういう活動をやっていると、必ず誰かきいてきますよね。ソーシャルメディアと仲良くなることで、テレビにはどんなメリットがあるの? それで「視聴率」は上がるの? って(笑)
【境】 視聴率に関する質問は、よく受けます。結論から言いますと、ソーシャルメディアを活用したからといってすぐに視聴率が上がるとは限りません。ソーシャルメディアを知ることによるテレビにとっての一番のメリットは、むしろ、視聴率という指標では測れないテレビ番組の価値を構築できることではないかと私は思っています。視聴率という指標は、その番組が何人の人に見られたかという指標で、それが5%の番組よりも10%の番組の方がビジネスとしての価値が高い、という考え方を前提としています。でも、本当に「500万人が見ている番組よりも、1000万人が見ている番組の方が、ビジネスとしての価値が高い」のでしょうか? 私は、そう言い切れないと思います。テレビという端末の前で自分対テレビという「1対1」の関係の中で視聴している1000万人と、ソーシャルメディアを通じて同じ番組を見ている者同士がつながりながら「1対多」という関係の中で視聴している500万人と、どちらの価値が高いか。私は、後者には前者とは別の価値があると思います。ソーシャルメディアを活用する大きなメリットは、後者の視聴スタイルを創り、それをビジネスに活用できる可能性。そうなると、テレビ番組の価値を視聴率という指標だけでは測れなくなっていきます。
【西田】 同感です。しかし、現実は、我々はやっぱり視聴率に振り回されます。あと1%数字上げるにはどうしたらいいんだろう…って七転八倒しながら、その中で、あるときポーンと抜けたヒット企画が生まれたりするわけで。そこはそう簡単には変わっていかない気がしますが、境さんはどう思います?
【境】 確かに、すぐには変わらないでしょう。変わるためには、視聴率で測れない価値を「可視化」することが必要なわけですが、そこが進んでいない。相変わらず視聴率に頼っている状況が続いています。そもそも、日本のテレビ番組ビジネスはずっと広告ベースのモデルでやってきたわけですが、それがあまりにうまくいき過ぎたのです。テレビが誕生してから、日本経済は右肩上がりで成長してきました。広告の需要がどんどん増え、テレビ局は潤い、そのおかげで面白い番組をたくさん世の中に送り出すことができました。そういう時代には、視聴率という指標が、ある程度妥当な評価軸として機能するでしょう。しかし、経済の成長が止まり、視聴環境が多様化した現在、状況は一変しました。なのに、指標は昔のまま。その歪みが、「テレビがつまらなくなった」「優秀な人材が入らなくなった」といった今テレビ局の周りで起きている様々な問題の根幹にあるのではないかと、私は思っています。
【西田】 テレビの未来は、我々が変われるかどうか次第ですね。
【境】 そう思います。もはや、従来の広告ベースのみのモデルを根本的に再考しなくてはいけない時期に来ています。そのためには、行動あるのみ。古いスキームや価値観に捉われず、チャンスがありそうな新しいことにはどんどん人と知恵を投じていくべきです。その意味でも、ソーシャルメディアへの取り組みは、テレビの未来を計る試金石といってもよいのではないでしょうか。
―本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。