きし・ゆうき
株式会社電通 コミュニケーション・デザイン・センター
クリエーティブ・ディレクター/コミュニケーション・デザイナー
東京大学講師
広告に限らず、様々な領域でクリエーティブ活動に携わる。最近の仕事に、トヨタ自動車「AQUA」キャンペーン。商業施設「TOKYU PLAZA OMOTESANDO HARAJUKU」のプロデュースなどがある。カンヌ国際広告祭金賞をはじめ国内外の賞を多数受賞。2010年には「ATPテレビ番組グランプリ 特別賞」 を受賞。著書に「コミュニケーションをデザインするための本」。現在対談集「こころを動かす。の見つけ方」を執筆中。
マスメディアが誕生し、広告代理業とよばれる業種が生まれて半世紀以上が経ったいま、メディアの劇的な変化とそれに伴うクライアントニーズの多様化により、当業界は大きな過渡期にある。けだし、マスメディアや広告代理業というカテゴリーが今後も存続しうるのかという議論さえある。そんな昨今、広告代理店の中では、広告に対する新しい考え方や取り組みも芽生えている。株式会社電通コミュニケーション・デザイン・センターに所属する岸勇希さんは、その最前衛を担うクリエーティブ・ディレクターとして、いま最も注目を浴び最も多忙なクリエーターの一人である。今回は岸勇希さんに、広告の未来像についてきいてみました。
―いきなりですが、岸さんの定義する「広告」とは何ですか。
「広く告げる」が「広告」の全てだとしたら、「広告」は終焉に近づいていると思います。そのくらいの危機感があります。これまで「広告」は、クライアントの要求を満たす有力な手段でした。つまり、広く告げることで物が売れたわけです。しかし事はそう単純ではなくなりました。そもそも広く伝えること自体が難しい情報環境になりました。同時に企業が抱えている課題も、より複雑なものになってきています。当たり前ですがクライアントは、広告を作ってくれるから私たちにお金を払うわけではありません。商品の売り上げを伸ばしたいとか、もっと世の中から愛さる会社になりたいとか、そういう課題解決を期待して私たちにお金を払うわけです。私たちは今、広告を作るプロである以上に、世の中を動かすプロとしての生き残りを模索する時期に来ています。「広告=広く告げる」という言葉の呪縛は一度外して、進化する必要があるのです。
―「告げる」ことが仕事ではないとすれば、どんなことがクライアントニーズを満たすことになるのですか。
最近、私がよく言っているのは「from“say”to“do”」。「(企業が)何を言うべきか」以上に、「どう振る舞うか」が重要であり、それを積極的に提案していこうという考え方です。例えばある百貨店が「すべてはお客様に愛されるために。」と広告したとします。でも、接客やサービスの質が悪ければ、生活者は即座にそれを見抜きます。この場合課題は、言うこと(SAY)ではなく、従業員の意識や姿勢、モチベーションの設計、つまり振る舞い(DO)の改善になります。であれば、社員のモチベーション設計や、意識改革のための施策、もしかしたら社長と社員のコミュニケーションのあり方の見直しなどを提案するべきです。SAYとDOの両方から課題解決ができるとすれば、私たちの仕事はこれまで以上に必要とされると確信しています。
―とても共感します。しかし、実際そのような意識や感覚で広告ビジネスに接しているクリエーターは、電通といえども稀有なのではないでしょうか。
最近はそうでもありませんが、少し前までは相当異端扱いされていました(笑)。ただ、闇雲に擁護するつもりはありませんが、一般的に広告マンは良くも悪くもクライアントに従順すぎるのだと思います。クライアントが「傘がほしい」と言えば、それを叶えるために即座に動きます。あらゆる色、形、機能の傘を何百種類と、それも即座に用意するでしょう。これができることは優れた能力です。ただ、私はここで「クライアントが本当に欲しいのは傘ではなく、雨に濡れない方法では?」とあえて言うことを価値だと信じています。正直、こう言うと「クライアントは傘が欲しいとオーダーしてるんだから、それをしっかりやればいいんだ!」と面倒がられたりもしました。でも「傘が欲しいわけではなく、雨に濡れたくない」というのが本当に課題だとわかれば、「地下道を掘る」「車を用意する」、もしかしたら「天気予報を提供する」なんて方法まで含め、課題解決の方法も精度も一気に広がります。先入観にとらわれず、あらゆる方法で課題解決を目指すことをとても大切にしています。
―そのような対話ができるには、広告代理店側もさることながら、クライアント側のマインドも重要ではありませんか。
おっしゃる通りです。突き詰めていくと、クライアントの宣伝部が経営者と同目線を持っているかが大事になってきます。宣伝部に「傘を用意しろ」という指令が上から出されたとき、「雨に濡れないことが大目的にある」ことを宣伝部が理解したうえで広告代理店と向き合えるかはとても大切です。もちろん我々もそれに値する存在にならなくてはいけません。いずれにせよ、宣伝部という名称かは別として、今後、コミュニケーションを司る組織が、より経営の根幹を担うべきセクションになっていくだろうと思います。「いいモノを作れば会社が成長する」時代は全世界的に終わった今、コミュニケーションによる付加価値はこれまで以上に重要な価値になるからです。スティーブ=ジョブズがその典型であったように、優秀なC.C.O.(クリエイティブ最高責任者)の存在が企業の成長を左右する時代だと思います。
―広告業界全体への<愛のムチ>を感じますね。
私は、メディア業界、広告業界に一番欠落しているものは「危機感」だと思っています。成功体験の歴史が大きすぎて邪魔をしているのかもしれませんが、みな危機感を持たなさすぎだと感じます。私は、異常なほど危機感を持っています。テレビ局とか新聞社とか広告代理店は、いつ世の中から消えたっておかしくない、と。でも、だからこそ「何とかしたい」と思います。少し言い過ぎかもしれませんが、思考力も発想力も高い優秀な人物が結集している業界は、他にないとさえ思っています。この人材の宝庫が一丸となって、現状への危機感をもち、自分たちがすべてゼロからつくり直すんだという意識を持って仕事をしたら、広告業界はおろか、日本を変えていけるとさえ思っています。
―本日はお忙しいなか、貴重なお話をありがとうございました。
気になるテレビ語 groovy word on TV
『レッドカーペット』
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昨年のGプレス(2011年4月号「スタートとは何か」鈴木おさむ)で、放送作家の鈴木おさむ氏が、こんなことをおっしゃっている -「よく見るタレント」になるのか「見たいと思われるタレント」になるのか。売れ始めた途端どしどしテレビに出るとすぐに飽きられてしまう、芸能界で長く生き残っていくためには露出を上手にマネジメントすることが大切である、と。『爆笑レッドカーペット』の奏功にも、同じことがあてはまるのか。
先日、AKB48トップ人気を博してきた前田敦子が突然の引退を発表した。これまた世の中一般的には「一番売れているときになぜ?」という声があるが、別の側面からすれば、「前田敦子は芸能界での生き方を熟知しているのかもしれない…」という見方もある。
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