• シェイク!Vol.8 面白いアニメとは何か考える 2nd(1)<br>那須惠太朗(サンテレビ)×片岡秀夫(東芝映像ソリューション)×森永真弓(博報堂DYメディアパートナーズ)

シェイク!Vol.8 面白いアニメとは何か考える 2nd(1)
那須惠太朗(サンテレビ)×片岡秀夫(東芝映像ソリューション)×森永真弓(博報堂DYメディアパートナーズ)

異なる業種で活躍する3人がそれぞれの視点で語り合い、新たな価値観を生み出すヒントを見つけるトークセッション「シェイク!」。第8回は、サンテレビでアニメの編成にも携わっている那須惠太朗さん、DVDオーサリング立上げやREGZAの視聴データを手掛けている東芝映像ソリューションの片岡秀夫さん、プライベートでは同人誌発行なども行う博報堂DYメディアパートナーズの森永真弓さんが登場。「面白いアニメとは何か考える」をテーマにして再び集まった3名が、引き続きデータなども用いたアニメに関わるディープなトークを展開した。今回はその模様を全5回シリーズでお届けする。

まずは自己紹介から

森永

本日は3人でアニメをテーマにしてお話しさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。前回よりお客様の年齢層が上がったような気がしますが(笑) 2回目となりますので自己紹介は軽くにして本題に入りたいと思います。まず、サンテレビでアニメを編成をされている那須惠太朗さんです。

那須

よろしくお願いします。学生時代はプラモデル屋でずっと働いていましたので、基本的にプラモデルが好きです。マーチャンダイジングとアニメーションとの関係に今もすごく興味があります。

森永

東芝映像ソリューションの片岡秀夫さんは、アニメの録画数の多さやいろんなもののリストの作り方の凄さから「2ちゃんねる」では録画神と呼ばれているそうです(笑)

片岡

よろしくお願いします。東芝のテレビ)REGZAの上で「TimeOn みるコレ」というサービスをやっていて。その視聴ログでアニメなどの番組視聴傾向を分析しています。

森永

博報堂DYメディアパートナーズの森永真弓と申します。よろしくお願いします。

※前回の記事をご覧になりたい方はこちら ⇒ シェイク!Vol.4 面白いアニメとは何か考える

2016年度のアニメ映画はこれを観た!

森永

まず、さわりということで「2016年度アニメ映画はこれを観た」という話をしていきます。

(スライドを指しながら)まず、3名それぞれが観たアニメ映画を並べてみました。実は片岡さんはこのリストに載りきらないほど観ていまして、スライドの文字が見えなくなってしまうので一旦省略したリストを表示します。

前回、『君の名は。』や『聲の形』の話をちらっとしましたが、その後のアニメ映画としては『この世界の片隅に』や『虐殺器官』などが挙げられますね。現在(3/31時点)、上映されているものですと『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』※(以下、『SAO』)や『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』(以下、『ひるね姫』)が主なものでしょうか。まずはスマッシュヒットの『SAO』についてお聞きしましょうか。

※『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』は2017年2月18日公開のアニメ映画。人気テレビアニメ「ソードアート・オンライン」の劇場版。TVシリーズではVR(仮想空間)世界で展開するストーリであったが、劇場版の舞台はAR(拡張現実)となっている。 http://sao-movie.net/

那須

『SAO』はTVシリーズの続編です。劇場版はまだ一回しか観ていないのですが、TVシリーズは観ていなくて、この映画は初見で何が起こっているかすぐ分かるところが凄いと思います。TVシリーズを知らなくても、観始めてから5分で内容が分かって没入していくことができました。なおかつ、前作を踏まえた結論がきちっと作られている。凄いなと思いました。

森永

片岡さんは、TVシリーズから観られていたとか。

片岡

もちろんです。最近のTVシリーズの中では、正直『新世紀エヴァンゲリオン』より好きと言える『Re:ゼロから始める異世界生活』の前にめちゃめちゃハマった作品が『SAO』です。前回※も言いましたがアニメらしいパッションを爆発させる、エモーションを揺さぶる表現に『SAO』は成功していると思いました。実写では感情だとか動きの凄さとかを誇張しすぎると違和感があると思うんです。でも、アニメだとそういう戦い方ができる。バトルシーンでのエネルギー感・スピード感の出し方にグッときました。それ以外の部分は割とシンプルにしてあって、ぱっと見ると地味なんですが、そこでトーンを落としておくことでアクション場面のカタルシスをうまく組み立てる作り込みは、さすが伊藤智彦監督といったところ。

※前回イベントの様子 第5回目 アニメを好きになる理由

物語設定も最初のアインクラッド編が素晴らしくて、TVシリーズも原作の良さを引き出した名作だと思います。さらに、映画版にしたときに上手いと思ったことがあります。TVシリーズでは主人公のキリト君が英雄になっていますが、もし劇場版になっても英雄のままだともう強くなりようがないし、敵を倒しても主人公が強すぎるから当たり前と思ってしまう。そこをどうやって嘘っぽくなく主人公を弱くして、盛り上げて、「やっぱり彼はすごかった」にできるか。そこが上手かった。

森永

TVシリーズは、VRゲームの世界に主人公たちが閉じ込められます。そこから無事脱出するにはどうしたらいいかという問題を、主人公たちがどうやって解決していくかという話です。そこで主人公がめちゃめちゃ強くなるということですね。「そうやって強くなりすぎた主人公は映画ではどうなるの?」ってなったとき、映画版ではVRではなくARのゲームを導入することで解決をはかるんですよね。VRは完全にヴァーチャルな世界ですけども、ARは拡張現実、つまり、現実の世界なので自分の肉体で戦わなくはいけないんですね。坂や階段を華麗に走って息を切らさず登れないと戦えないし、腕力や運動神経の強い奴が勝つという自分の肉体の現実が襲ってくるんですよ。ヴァーチャルの世界ではめちゃめちゃ強かった主人公が、運動神経や体力があるやつに太刀打ちできない世界に放り込まれたとき、どうなるか。そういう設定により、「TVシリーズで英雄になった主人公が劇場版でどうやってもう一回成長するのか」という問題が自然と解決されているんです。

片岡

さらに、映像化されると言われている『SAO』の続編・アリシゼーションシリーズに至るまでの伏線にもなっています。ビジネス的にもとてもよくできていて感心しました。TVシリーズを観ていない人が観ても楽しめる、映画単体のクオリティとしても素晴らしいものです。私は3回観ました(笑) MX4Dで観るのがお勧めです。

森永

そもそも今、アニメとは関係なく、クリエイティブ業界でARやVRが「今回こそ真のVR元年だ!」「これからはARの時代が来る!」と盛り上がっていると思うんですよね。当初私は『SAO』を見る予定がなかったんですが、『SAO』の舞台がARとVRでうまく違いを描いていて面白いっぽいぞ、という空気感を得て、これは観たほうが良さそうだなと思って映画館に行ったんです。ただ、映画を観てあとから「このシーンはこういう意味だったのか……あの時点では理解できなかった!」と悔しがりたくなかったので、wikipediaで予習して、30分前に映画館入りしてパンフレット買って、作品の背景や知っておいた方がいい設定は読み込んでから観ました。とかいいつつ、結果として、お二人が仰っていたように予習なしでも楽しめる内容だったんですけどね……。

TVシリーズではVR、映画版ではVRとAR、と両方の世界が舞台になっているので、アニメ好きと言わずにARやVRに興味があるクリエーターには「SAOは絶対見た方が良いよ」と勧めています。ちょっと未来への予言みたいなところもありますよね。ARやVRの可能性を探る思考実験にも使えます。

片岡

ネットだと『SAO』のどの技術が現実的に実現が難しいどうかを検証しているブログがあったりますね。映画版の伊藤智彦監督のインタビューをこの前読んだのですが、ARはリアルの世界に映像を足すだけなんだけども、あまり安っぽくするとつまらなくなってしまう。それに加えて、主人公の強さに関する作中でのバランスのコントロールを相当上手くやっていたようです。ARの表現と、主人公が成長するスピードのさじ加減の上手さに成功の要因の一つがあるように思いました。

森永

ラノベ原作のアニメ化作品という枠に収めて語るのはもったいない作品だと思います。世界興行も好調なようですね。

片岡

そもそもびっくりしたのが、海外から日本でのSAO上映に合わせたツアーパックが用意されているんですね。劇場に行くと、海外からのお客さんが結構いるんですよ。

森永

そこまでして日本に来ている方はめっちゃ勉強されているので日本語で内容が分かるんでしょうねえ。

片岡

SAOはゲームも4,5本(バンダイナムコエンターテインメント、旧・バンダイナムコゲームスから発売)あるので、そのファンが世界中にいます。彼らが日本で観たい、とツアーに参加して日本に来るわけです。そういう点ではアニメだけの作品とはビジネスモデルが違いますね。ゲームで広めたからこそ世界展開が最初から視野にある。AR・VRというネタも万国共通ですからね。SAOは他のアニメ映画とは全く違うポジショニングをしている作品だと言えます。

森永

『ひるね姫』も現代社会と地続きで、観終わったあとに『SAO』に近いなあという印象を受けました。可愛い女子高生がパンツ見せながら頑張るファンタジーかと思ってたら、めちゃくちゃ社会派で驚いたんですよね。そのあたり、世間的には伝わりきれてなくて残念だなあとは感じました。3月18日(土)に公開されたあとランキングが出ましたけども1位がディズニー『シング』で、6位が『劇場版 黒子のバスケ LAST GAME』、『ひるね姫』も上位になるかなと思ったのですが、実は9位でした。各局テレビによるプッシュ量が他のものより控えめだったのもそこまでランキングが上がらなかった※要因のように思います。『ひるね姫』は観ましたか?映画「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」オフィシャルサイト
国内映画ランキング : 2017年3月21日発表(毎週火曜更新)

那須

神山健治監督が描きたい世界は描かれていると思うんですね。そこに、最近のヒット作の要素である「美少女+方言+SF」というポイントが盛り込まれている。『君の名は。』もそうでしたよね。

森永

私は『ひるね姫』を観ながら「主人公のパンツが一回も見えないで終わったな」と思いました(笑) でも、調べてみると実は2回、パンツが見えるシーンがあるらしいですね。

那須

観終わって思ったのは、実世界と空想世界とどちらの世界に寄り添って観たらよいのかが分かりにくいということでした。実世界での体験を元に主人公が空想世界の中で動くのですが、クライマックスの演出は、あれでよかったのかな、と若干疑問に思いました。口コミと観客動員のつながりを考えれば、知人に勧めづらい要素になってしまったかもしれません。ただ、Huluで違うヴァージョンの映像を公開するという多面的な展開もしているので、全部観ていくと神山さんのやりたかった映像表現がもっと深く分かるのかな、と思います。

森永

片岡さんはどうでしたか?

片岡

初見のときの感想と、神山さんのインタビュー記事を読んだあとにもう一度観たときの感想があります。後者から言うと、神山さんは作品を作るときに考え抜いて悩むタイプの監督だと思っているんです。古くは『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』ですね。電脳が実現した未来世界における社会の不条理とか裏社会とかの機構に対して個人やチームが反抗していく。電脳や犯罪とどう向き合っていくのか。そういった社会vs.個人という戦いを神山さんは描いてきました。『東のエデン』※が名作だと思いますが、これも社会というインフラに対して、個人がどこまで何ができるかというチャレンジの映画です。神山監督作品の中で最高峰だと思います。割と挑戦的な作風です。社会と戦った時に個人がどこまで行けるのか、ということが描かれています。

※ 2009年4月より6月までフジテレビ『ノイタミナ』枠で放送されたテレビアニメ。 https://www.production-ig.co.jp/works/juiz/

ただ、神山さん本人がインタビュー※で答えているのは”3.11があってから個人の非力さというものを感じていて、「ヒーローのようにすごい個人が世界と戦う」というテーマが自分の中で成立しなくなってきた。逆に「個人の物語がどこまで世界と関われるのか」というテーマになってきた。今までのように「社会が先にあって個人がどこまでそこでできるのか」という作品を作っても自分で納得できないし、社会に通用しないと思うようになった”というようなことを言っている。そういうすごい真面目な方です。

 「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」神山健治×岩井俊二インタビュー

ただ、『009 RE-CYBORG』の評判が芳しくなくて、それ以降はスランプなのかなと正直思います。ぼくはすごく出来が良い作品だったと思っていますが、『009』原作ファンの人たちの一部にはウケが悪かったように思います。監督は『009』をリスタートさせようと RE” をつけたのに、それを否定された格好になってしまった。以降、迷走気味になっているのかもしれません。そういう経緯がある中で『ひるね姫』が生まれたと。

パンフレットのインタビューによると、日テレのプロデューサーさんが”自分の娘に観せるために作るのはどうだろう”と神山さんに言ったのが制作のキッカケだったそうです。個人と社会の構造を考えたときに、個人の夢と現実という2つの世界を追いかけるドラマを作ったらどうか、ということで迷いながら作り上げたのが現在の『ひるね姫』だということです。ずっと夢の世界の物語なら観客を惹き込みやすいのに、現実と切り替えるから観客が入り込めない映画になってしまいがち。そういう本来なら難しいことを、思考実験の結果、やってのけたと。

実際、初見で観ている最中は、那須さんと同じようにどちらの世界に寄り添って観れば良いか分からなかった。ただ、最後の大団円を観終わると、カタルシスを感じたのでこれで良いんだと思いました。ある意味「終わりよければ全て良し」の映画なんだと自分の中での納得感がありましたね。

森永

私の感想はというと、観る前から、神山さんが悩んでいたりとか「娘のために作る」とかといったことは、なんとなでくはありますが聞こえてきていました。なので、言ってみれば『サマーウォーズ』みたいな、ちょっとSF風味が入るけど基本的には女子高生が活躍して元気! 明るい! バンザイ! みたいな映画なんだろうと予想してたんですよ。そういう良くも悪くも可愛らしいほんわかした作品だろうなと思って観たら、ものすごいハードな社会派アニメで、やっぱりこれは神山さんの作品だと。やっぱり神山さんは社会派だったと思いました。この前、日テレさんのイベントで神山さんがおっしゃっていたことが面白くて。”例えば、3.11のときや最近だとイギリスのEU離脱とかトランプ当選とか大人たちが「やばいやばい」と危機感を感じて騒いでいても、子供たちは案外のほほんとしている。それで十分生きていけるんですよね。そういう社会問題と遠い女子高生を主人公に据えることで、社会との距離感を示しつつストーリーが進むんで事件の渦中に主人公が巻き込まれていくと、社会問題との距離も近づいて、自分事になっていくんですよね。そういった変化を、田舎の女子高生を主人公にすることで描くことに挑戦してみようと思った”とおっしゃっていたんですね。

『ひるね姫』はハードとソフトの話としても読み解けます。ソフトウェアのことを作中では魔法と呼んでいますが、作中に登場するハードウェアの国の王様(の立場にいるキャラクターたち)が”魔法、要はソフトウェアの重要性をもっと早くから僕たちが気づいていればこんなことにはならなかったのに”というある意味でものすごい残酷なセリフを吐いていました。こんなに堂々とソフトウェアを軽視した日本のハードメーカーdisか!と、震えましたね(笑)

那須

ネタバレしても良くないですが、「お母さんが天才プログラマだった」という設定がありまして、作中の歴史を逆算していくと、そんな昔(2006~07年)にこの人工知能プログラムがあれば時代が変わっていたのに、その才能を『ひるね姫』の世界では潰してしまったんだ……と惜しい気持ちになりましたね。

片岡

まさにいま仰っていた状況というのは大企業において起きていることそのままなんですね。ウチは大企業ではないですが、ソフトウェアvs.ハードウェアという同じ構図の問題がいろいろな場所で起きています。ただ、ソフトウェアに予算が割り当てられにくいのは何故かと言うと、コストがすべてハードウェアから先に生まれるからです。開発費や予算に関してもハードウェアから先に割り当てられてしまう。ソフトウェアではプリミティブな段階では予算があまり発生しません。買ってきた部品を組み合わせればどうにかなるけど、そこから進んだ先のOSやアプリケーション、ネットワークの方がソフトウェアでは大事でそこで予算が発生する。でも、日本の企業はそこに負けてきた。結局、会社の中でソフトウェア側が主導権を握ったり、経営者がソフトとハードの融合こそが重要だという知見の具体化を実行できなかった。『ひるね姫』ではそういうことが裏側のメッセージとしてあるのだと思います。

森永

私は広告会社の人間なので、ソフトウェアの会社ともハードウェアの会社ともお付き合いがあります。そこで、ソフトウェア系の会社さんがハードウェア系の会社さんを”古い”と(必要な部分があるとはいえ)批判しているのを聴きます、ですが、ハードウェア系の会社さんにも事情や理屈があることを私は知っているので、一概にソフトウェア側の言い分が正しいとも言えない。なので、『ひるね姫』のそういうシーンを観ていて居たたまれない気持ちになりました。タイミング的に世界では2030年頃のビジョンを考える時期にいま来ていると思っています。そんな状況下で最近のアニメって方向性の一つが示されている作品が豊富なんですよね。未来予測や、思考実験という視点でいろいろなアニメを観てみるのも良いのではないかと、あらためて思っています。

では、劇場版アニメの話はここまでにして、「アニメビジネスの現在」をテーマに那須さんからご説明いただこうと思います。

アニメビジネスの現在と2.5次元へつづく

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