いま、テレビの制作現場はさまざまな試練を迎えている。百年に一度といわれる不況は、テレビ番組の制作費に大きな打撃を与えている。一方で、若者のテレビ離れが指摘される中、限られた予算の中で少しでも高い「視聴率」がとれる番組制作を要求される。長い間テレビ番組の人気、質の指標とされてきた「視聴率」。テレビの視聴スタイルが大きく変化して現在、その価値自体をあらためて見直すべきではないかという議論もある。テレビ制作の現場にとって、視聴率とは、どんな意味を持つものなのか。『アメトーーク!』『ロンドンハーツ』等の人気番組の制作を手がける加地倫三さん(演出・プロデューサー)にお話をうかがってみた。
-テレビの制作者は、常に「視聴率」というプレッシャーとたたかっているわけですよね。それは、具体的にどのような重圧なのでしょうか ?
無論、それは人それぞれで、作る番組の性質によってもだいぶ違ってきますが、私のようなお笑い番組を作っている場合は、自分たちがやりたいことができるかどうかが問われる一つの指標が「視聴率」だと考えています。よくあることですが、「あの回は、面白かったけど数字取れなかったよね…」という評価を社内外からされるとき。気にするなと言われても、ほとんどの人はそれが難しい。現場はすごく盛り上がって、自分たち的にもいいものが出来たと思っていたものが、数字がとれない……そうなると、その企画をもうやれない空気に現場が包まれていく。数字を取ることだけ狙うと、どこかで見たような似た番組になったり、どんどんつまらなくなって、結果さらに数字が上がらなくなっていく。そういう悪循環にはまってしまった番組をいっぱい見ました。
-制作現場がやりたいことがやれない空気になると、番組もつまらなくなるわけですね。
そうだと思って番組を作っています。たとえば『アメトーーク!』で私が一番大事にしていることは、「自分たちが楽しめる番組にする」ということです。そういう考え方って、一見単なるマスターベーションのように思えるかもしれませんが、作っている側が面白い番組でないと、見る人も楽しくないはず。そういうのは、アウトプットに出ると思うのです。『アメトーーク!』って、出演者全員「そこまでリラックスしちゃっていいの? 仕事でしょ?」っていうくらい皆リラックスしてる時があるんです。おそらく視聴者にもそれが伝わって、リラックスしてゲラゲラ笑ってもらえる番組になっているのだと思います。それに、人って、リラックスしているときって<いいもの>が出たりするじゃないですか。お笑い番組系は、何かに追われたギスギスした空気の中でやっていくと、守りに入ってどんどんつまらないものになっていく。
-『アメトーーク!』は、視聴率という数字のプレッシャーからは解放されているということですか?
そんなことはないですけどね(笑)。ただ、個人的にはあまり気にしないようにしています。先ほど申し上げたように、視聴率を気にしすぎると、かえってつまらないものになっていくだけで、結局いいことが全くないように思うので。それに、23時台という時間帯での番組ということもあり、ゴールデンよりは数字の重圧がない環境でやらせていただいている番組ですし。
-『アメトーーク!』は23時台で、かなりいい数字をとりつづけていますよね。そうなると、やはり局としては上の時間帯に上げようということにもなりますよね。上に上げると、数字のプレッシャーも強くなる。そうなると、今おっしゃっていたように、やりたいことができにくい環境になり、つまらない番組になっていく・・・そういうジレンマはあるわけですよね。
上に上げてつまらなくなって終わってしまった番組って、テレビ番組史上で大量にある原因はそこですよね。『アメトーーク!』は、23時台という時間だから生きる番組だと思っています。人々の23時台の気分、モードというのがあるわけで、21時台のそれとは違うわけですから。このことは無論テレビ局の人間は皆わかっているんですが、とはいえ、「数字がとれる番組をゴールデンに」という意識が働いてしまうのも仕方ない。私はゴールデンで「ロンドンハーツ」という番組を丸10年やっていて、常にやりたい事と視聴者の間で戦ってきました。こちらも最近はあまり気にしないよう心掛けて、うまくいってる気がします。テレビ局全体がもう少しリラックスして番組を作ったり、もう少しやりたい事をやれる空気があれば、もっと楽しい番組が出来るはずです。
-やはり、「視聴率」は魔物ですね。
確かに、10年前から比べると、視聴率のプレッシャーが強くなっている気がします。無論、テレビ番組はCMスポンサーありきのビジネスなわけですが、必ずしも「視聴率が高い番組=CMスポンサーにとって価値が高い番組」ではないと私は思うのですが。視聴率だけを追いかけてしまうと、本当にその番組を見てほしい人たちから見られない番組になってしまうことって、多々あると思うんです。CMスポンサーの方たちも、「誰でもいいから1人でも多くの人に見てもらう」よりも、「見て欲しいターゲットに(1人でも多く)見て欲しい」のではないでしょうか。私たちは、直接スポンサーの宣伝部の方たちとお話しする機会はあまりないのですが、個人的には、是非一度そこをきいてみたいですね。
-本日は、興味深いお話をありがとうございました。