放送と通信は、どう連携していけばよいのか。とかく、「放送 = 旧世代オフラインメディア」「通信 =新世代オンラインメディア」と短絡的に図式化されがちだが、そのようなステレオタイプな見方から脱却しない限り放送と通信の有意義な連携など生まれない、と主張する人たちもいる。若いクリエーターやエンジニアたちで構成され、日本にとどまらず世界に対して新しいデジタルビジネスやデジタルアートを発信しているチームラボ株式会社。いわゆる“デジタル世代”といわれる彼らから見て、放送と通信の垣根はどのように見えるのだろう。当社代表取締役社長、猪子寿之さんにお話をうかがってみた。
―かつて、インターネットが普及していなかった頃、情報源といえばテレビ、エンターテインメントといえばテレビ、という時代がありました。しかし、ネットも携帯も物心ついたときから空気のように存在する社会で生きてきた猪子社長から見て、「テレビ」とは、どのような存在に映っているのでしょうか。
ぼく自身、テレビをあまり見ません。見ない理由のひとつは、テレビからキャストされる情報やコンテンツに、<リアリティ>を感じることができないからです。テレビが送り出す世論は、ときに、世の中のリアルな世論と大きくかけ離れているように思います。たとえば、先日、「こんにゃくゼリーが発売中止に」というニュースがありました。あのニュースを見てぼくは、「こんにゃくゼリーってそんなに悪いものなのか?」「世の中は発売中止を望んでいたのか?」と思います。こんにゃくゼリーを発売中止に追い込んだのは、世論ではなくマスメディアなのではないか、と。こんにゃくゼリーの事故が起きる。すると、テレビは全国一律に“これは悪である”と伝える。こんにゃくゼリーが大好きな人たちもいてその人たちの幸せに貢献しているという当品の一面は完全に払拭されてしまう。それって<リアルな世論>ではないと思うんです。実際、ネットでは、こんにゃくゼリーの欠点を言う人もいる一方で、発売中止の撤回を求める署名運動が起きていたりしています。その方が、<リアルな世論>ではないでしょうか。
―インターネットが普及した時代において、テレビは、<リアリティ>を作り出すことはできなくなったということでしょうか?
いいえ。全くそうは思いません。むしろ逆で、これからテレビがデジタル化、オンライン化していくことで、もっと<リアル>でもっと<面白い>コンテンツを生み出せる時代になると思っています。
―たとえば、どういうことですか?
球団A対球団Bの野球放送があるとします。そのチャンネルがAびいきで、Aのことばかり応援していると、Bファンの人は見たくなくなりますよね。ところが、放送と同時にBファンのコミュニティサイトでのチャットが同画面に表示されるとします。そうすれば、Bファンもその放送を見るようになりますよね。Aファンの人はAファンのコミュニティに繋げばいいし、その人の好みに合わせてアクセスできるコンテンツが選べる。そうなったら、より<リアル>で<刺激的>ですよね。野球場に行かないと聞けない野次とかファン同士の熱狂とかが、リビングで体験できるわけで。視聴率だってグンと上がるでしょう。
―面白い発想ですね。まさに、放送と通信の有意義な連携ですね。
もはや、全国民を同時に満足させたり賛同させたりするコンテンツや情報なんて存在しません。だから、発信する側は、受信者側に取捨選択できる機会をセットしてあげることが大切。そのためには、世の中の多様な声を上手に取り込んでいく仕組みをコンテンツに組み込むことが重要だと思います。たとえば、ぼくが何か未知のことを詳しく調べようとするとき、たいてい「ウィキペディア」にアクセスするわけで、編集に何十年もかかった「権威ある百科事典」を開くことはほとんどありません。それは、「ウィキペディア」の方が場所をとらないからという物理的な理由ではなく、「ウィキペディア」が世界中の様々な人の書き込み情報から作られている事典であり、それ故に「権威ある百科事典」よりも<リアリティ>があるからです。とはいえ、「権威ある百科事典」が不要かというと、全くそんなことはなく、むしろ「権威ある百科事典」はそのクオリティを保ち続けることに意義があると思います。
―そのことは、そのまま「ネット」と「テレビ」の関係にもあてはまりますね。
その通りです。先ほどの野球放送の例で言えば、何台ものカメラを熟練したカメラマンたちが操り、高い技術をもった制作スタッフが一体となり、その結果“臨場感あふれる映像”をぼくたちは見ることができる―このとてつもない“クオリティワーク”は、「放送」の人たちにしかできません。だから、それはそのままでいいのです。そのせっかくの“ハイクオリティなコンテンツ”を、もっとたくさんの人に見てもらうように盛り上げるのが、我々「ネット」の人たちの役割だと思います。
―本日は、たいへん興味深いお話をありがとうございました。